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最高裁判所第二小法廷 昭和27年(オ)813号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告代理人岩田源七の上告理由は別紙記載のとおりである。

上告理由第一点は、結局原判決の適法な事実認定を非難するに帰し、採用することはできない。

上告理由第二点について。

さきに本件当事者間に、被上告人の所有にかかる本件土地の使用等に関する和解契約が成立し、その履行確保のため裁判上の和解調書を作成すべき旨の合意がなされたこと、その際上告人等は、右裁判上の和解の手続につき上告人等を代理すべき弁護士の選任方を被上告人に委託したので、被上告人は右委託に基き弁護士栗田貞三を上告人等の代理人に選任したこと、同弁護士は、右選任に基き上告人等の代理人となり、被上告人を相手方として管轄裁判所に裁判上の和解の申立をなし、よつて前記和解契約どおりの内容をもつ本件和解調書が作成せられるに至つたこと、以上の各事実はすべて原判決が適法に確定したところである。しかるに一件記録によれば、上告人等は、右の如き裁判上の和解をなす意思はなく、もとより栗田弁護士に代理権を与えた事実もないから、右和解調書は無効である旨主張し、被上告人を被告として本訴をもつて右和解調書の無効確認を求めたところ、被上告人は右弁護士栗田貞三を代理人としてこれに応訴し、同弁護士は、原審口頭弁論の終結に至るまで終始被上告人のため上告人等と相対抗し、本件訴訟の追行に任じて来た事実が明らかである。以上の事実によれば、栗田弁護士が本件第一審以来被上告人のために行つた訴訟行為は、すべて弁護士法二五条一号の規定に違反するものと認めざるを得ない。

ところで、弁護士が同条の禁止に違反して訴訟行為その他の職務を行つたときは、同法所定の懲戒に服すべきはもちろんであるが(同法五六条参照)、かかる行為の訴訟法上の効力については、同法又は訴訟法上直接の規定がないので、同条及び訴訟法の立法目的に照してこれを定めるの外はない。思うに、弁護士が訴訟手続において同条違反の行為を行おうとするときは、相手方はこれにつき異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができるものと解すべきことはむしろ当然であるが、同条違反の訴訟行為であつても、相手方がもし何らの異議を述べなかつたときは、訴訟法上完全に効力を生じ、相手方は後日に至り当該行為か弁護士法の禁止規定に違反することを理由としてその無効を主張することは許されないものと解するのが相当である。けだし、同条の規定は、弁護士の品位の保持と当事者の利益の保護とを目的とするところ、その立法目的達成のためには、同条違反の訴訟行為を無効とすることが必ずしも必要とは解せられないばかりでなく、もしこれを無効とするときは、当該弁護士を信頼してこれに訴訟行為を委任した当事者をして不測の損害を被らしめ、かえつて同条の立法目的に背馳し、ひいては訴訟法が弁護士による訴訟代理の制度を定めた法意にも副わない結果を招来するおそれがあるからである。しからば、栗田弁護士が本件第一、二審において被上告人の訴訟代理人としてなした訴訟行為(これにつき上告人等が第一、二審において異議を述べた形跡は全く認められない)は、すべて有効と認むべく、所論は右と異る独自の見解を主張するものであつて、とうてい採用することはできない。

以上の中上告理由第一点に関する判断は裁判官全員一致の、同第二点に関する判断は裁判官藤田八郎を除く他の裁判官一致の意見である。

上告理由第二点に関する裁判官藤田八郎の意見は次のとおりである。

原判決の確定するところによれば、本件和解契約は、その条項内容すべて上告人等と被上告人との間において、直接に決定せられ(一応、各自署名捺印ある私署証書に作成せられ)、ただ、これを裁判上の和解調書に記載するにつき上告人等の代理人として弁護士栗田貞三が関与したにとどまるのであつて、弁護士栗田貞三は、右和解契約の内容決定について上告人等の代理人として関与した事実のないことはあきらかである。そして、上告人等は右和解調書の作成については、弁護士栗田貞三にその代理を委任したことは、また、原判決の確定するところである。しかるに本訴において、上告人等は右栗田貞三に代理権を授与した事実を争い、これを理由として右和解調書の無効を主張するのであつて、かくの如き案件において、右栗田貞三が被上告人の訴訟代理人として訴訟行為をしたとしても、これをもつて、所論のように民法又は弁護士法に違反する行為であるとすることはできないものである。弁護士法第二五条第一号は、事件の内容に触れて「協議を受けて賛助し」又は「依頼を承諾した」場合に関する規定であつて、本件のごとき場合にはその適用を見ないものと解すべきである。論旨は理由がない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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